「売れないバンドマン」を自分で選んでいるとはどういうこと?

Pocket

バンドの話するとき私よく”自分達で「売れない」を選んでいる”と書きますが

その究極の記事がつい先日炎上していたので

ちょっとリンクさせて頂きますね(せっかく治まったのに!)

 

お子さんを叩いてしまうというお母さまのお悩みに対しての返答で

”その子は叩かれるために生まれてきた”と返したことで燃え上がったわけですが

私はこの返しまったく間違っていないと解釈しています

心屋さんが言っている「叩かれるために生まれてきた」というのは

それが存在理由 という意味ではなく

人間として生まれるときに設定してきた”お題”みたいな解釈で

乗り越えられるから持ってくるお題でもあるのだけれど

例えば友人に相談を受けた時に このニュアンスで言葉を返すと

私もたいがい地味にキレられるので

一般的な考え方では理解し得ないものなのかなと学びました

なので友人の相談には一切乗らないと決めていますw

(※私は心屋仁之助先生の所持している資格と同じ資格を所持してはいますが心屋塾の生徒ではありません でも考え方はほぼ同じです)

 

私の母親は子育てをしないし ひとりでは何もできない人で

私を無視したり 自分の価値観で娘を縛ったりする人でしたが

父はクソが付くほど真面目な働き者の苦労人でした

そのため母を見下し 父を尊敬する人生を歩んできましたが

 

この環境を私が選んだとしたなら

私が産まれる時に設定した”お題”はなんだったのかというと

子供を無視したり 価値観で縛り付けても良い

できなかったり やりたくないことは人にしてもらえばいいし

母のように生きて良い

ということを 私が学ぶため 

また

それを父に教えてあげる役割(お父さんもそれをして良い)だったりもします

それを総合的に言うと それでも「許すため」ということになるよね

 

一般的に 自分の子供を機嫌で無視するという行為が正しいという人はあんまりいないと思いますが

これを母が まったく罪悪感なく私にしていたら

私は後々あんなに怒らなかったんですよね

母は自分のことをいつも「ダメな母親」と自己否定していたと思うんだけど

私は母が持っている”罪悪感”に反応しただけで

母もまた私が持っている”怒り”に反応して

母は「責められる」ことを選んでいたのです

お互い本気でそれをぶつけ合って 臨界点に達すると

その偏った考え(無視は× 価値観の押し付けは×)が 溶けるための事件が起こるので

そうすると 自然に許せるようになるんだけど

 

心屋さんが提唱している方法には

自分が絶対にやってはいけないと思っていることをあえてやる

ことで 偏りを戻すという荒治療のようなものがありますね

効果はあると思いますが勇気がいりますw

 

そもそも

この

絶対にやってはいけない

という禁止がどうして生まれるかといえば

おそらく両親のどちらか(近親者)がそれをしていたために

両親のどちらかが苦労した ように”見えた” ために

記憶の中で加害者を作って 育て続けている

だから 親に暴力を振るわれていた人は 彼氏にDV

または上司にパワハラを 「させて」

その怒りを思い出して 昇華させようとするし

親に捨てられた人は 捨て子や捨て猫などを見つけて

当時の自分の気持ちを投影して 怒りを思い出そうとするんですよね

 

あんまり極端なことを書くと私のブログが炎上しそうなんでw

少し抑えますけど

暴力 虐待 病気・・・ 例外はないよ

全て自分が選んでるって 考えることができなくても全然良いですけど

そうすると周りや環境の所為で自分が上手くいかないって思考になるわけで

それは被害者というものだよね

被害者で居る限り 加害者は必ず出てくるわけだから

一時の虐待やら暴力が収まっても

また加害者を探しちゃうんだよ 自分で

 

だからねって話を戻すと

バンドの場合はすごくよく思うのが

「売れない理由」が欲しいんだろうなって

 

最高の環境で お金めっちゃ掛けてもらえて

媒体も使ってもらえたし着たい衣装も着れて

その中で一生懸命頑張って全力尽くしたけど

全然売れなかった

 

て 言いたくないじゃん

だから

お金が 環境が 他に仕事してて忙しかったから

事務所が 年齢が  メンバーが飛んで・・・て

言い訳(環境)も自分で作っているし

その中で「自分はこの程度のバンドマン」てことを証明したいの

 

人間て

自分はこうゆう人間 て 人生のどこかで信じてしまったことを

その後の人生で証明していってしまうんですよね

(子供の頃に虐められてたなら 自分は虐められる人間てことを無意識に証明してく)

だから 自分は自分をどんな人間だと思ってるのか

気付くことが第一歩

 

怒りを覚える相手は

あなたが自分に禁止していて

あなたが許すべき要素を持っている人

避けて歩いても また別の同じような人と出会うようにできてます

どっかで自分と向き合わなきゃいけないんですね

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。