地下セクシーアイドル【ベッド・イン】に学ぶエンターテイメント

Pocket

先日ヴィジュアル系の大御所cali≠gariと
数年前から話題のバブリーアイドルベッド・インの対バンイベントを見に行きまして
大変感銘を受けライブレポを書かせて頂きました

cali≠gariはキャリアも長く
こちら界隈では知らない人はいないであろうアンダーグラウンドな大御所です

衣装やステージングも実にセンスが良く 異端で

何度見ても新しい刺激を与えてくれます

一方元は私たちと同じバンギャであったという地下セクシーアイドルユニット

ベッド・インは オフィシャルによると活動歴が6年ほど

実際のバブル期には生まれていない年齢のようですが

とても芸歴6年とは思えない完成されたアドリブ力で

cali≠gariのメンバーとのやり取りも器用にこなし観客を魅了していました

どんな状況でも設定したキャラクターを演じきっているんですよね

だから靴を脱ぎ捨てる仕草ひとつ取ってもパフォーマンスとして絵になるし

ステージにおいてはちょっとした動きでも全て

かおり と ちゃんまい がしているのです

これが”アイドル”というもの だとするならば

私が専門的に(笑)見ているヴィジュアル系はどうなんでしょうか

彼らにもそれぞれ設定やコンセプトがあるわけですが

バンドの規模が下がれば下がるほど

そのステージ上でのキャラクターと普段との分別がうやむやになっていきますよね

別にステージ上で何か特別なキャラクターを演じなければいけないわけではないと思いますが

ここの区別がはっきりわかると お客さんとの間に勝手に「距離」ができて

ベッド・インで例えるなら 抱けるアイドル w  というコンセプトの彼女たちを

本当に抱けそうか抱けなそうかの線引きになっていると思ったわけです

(笑)

1000人お客さんいればいつか絶対に抱いてみせると意気込む人もいるでしょうw

ですが彼女たちは

ほぼ全裸でwもはやAVでは?と思うようなパフォーマンスやMCをするのに

多分抱けないですよね(笑)

お客さんのほとんどが ベッド・インは実際には抱けない

と思っているはずです すごい例えになってしまった(笑)

これはヴィジュアル系に例えるなら

繋がれるか繋がれないか 

っていう話とイコールでw

規模が下がるとライバルが少ないわけですから当然そう思っちゃうギャさんは多いでしょうけれど

お客として見ている人が繋がれると思うということは同じ目線に立ってるということでそれはお客側の問題だけではありません

ベッド・インはおそらくその当時からこの「距離」を取っていたと思うんですね

その距離とは何かというとそれは”自覚”です

「自分たちはステージに立って客席を楽しませるべく人間で

客席とは対等でない」という線を引くわけです

(※対等でないというのはちょっと語弊がありますが 要は地続きで無いということです)

これは売れたからできる境界線なのではなくて

もう本当に何度もいろんな記事に書いてますけどw

ステージの上の人間であるという自覚を先に持つことで 

勝手に言動がそれに伴ってきます

●いつでも1000人のお客さんの前でライブをする

たとえ300キャパの箱に50人しかお客さんがいなくても

1000人の前で公演しているバンドだったらどうするんでしょうか

1000人の前で歌詞を間違えるんでしょうか

1000人の前でSNSに流して欲しく無い個人的な話をするんでしょうか

あ これ先日TwitterのRTで見た某アーティストさんのツイートに対しての私の反応なんですが(笑)

この方V系の方では無いし

距離を近づけて小規模で楽しみたいというアーティストさんかもしれませんのでお名前伏せますね

お客さんが増えれば

私のように見たものすべてをブログに書いて公開する人は増えるわけで

それが本人たちにとっては書いて欲しく無いことだったとしても

それを発言した事実はあって それを聞いて

確実に残る形で文字にしたりイラストにしたりする人は増えてきます 当たり前ですが

そうなったら そうなってから 要するに売れてから

Web上に残されてもいいような発言 行動をするということでしょうか

今 そうじゃ無いということはすなわち売れるのが怖いということですよね

こんなことやあんなことまで書かれてしまったら嫌だ イメージが

だったら一生売れる時なんて来ません

しつこいですけど状況が変わってからそれに合わせて自分たちが変化していくわけではなくて

先にその自覚を持たないと一生今のままです

人は過去に自分が放出したエネルギー上を生きているわけなんで

今 50人のお客さんの前でするパフォーマンスをするなら

未来も50人の前でパフォーマンスをすることになるんですよ

これ伝わるかなぁ

ずっと状況が停滞していて変わらないというのは

努力が足りないからでもなければ曲が良くないからでもなくて

今出している波動が以前と同じだというだけのことです

ですから逆に言うと

未来に1000人の前でライブをしたいのなら

今1000人の前でライブすればいいわけで

そうすると決めるのなら

1000人規模の人たちとお客さんとの 同じ距離感を

今取らなくてはいけないんですね

物販に出たりお客さんを個人的に煽ったり

それはしてもしなくても好きなスタイルでいいと思うんですが

同じことをしてもその自覚があるとないとでは全く違う結果になる

のです

素人が見ても明らか練習不足だなと思える演奏とか歌詞間違いは

確実にこの「自覚」がないのだと思われます

食べられるようになるまで他にも仕事をしないといけませんから

忙しくて練習する暇がない というこれも

自覚不足なんですが

これはまた違う話になってきますので後日お金の話としてまとめますね

個人的には貢ぎたいギャさんに協力してもらうのがいいと思ってます

お金は回るもの 通貨とは通過で 自分の所有物ではありません

ちなみに繋がりさんも否定してるわけではありません 笑

話が逸れましたが

ベッド・インをここまでにしたのは彼女たちが

自分たちはプロのエンターテイナーだと自覚しているからだと思います

そしてこの規模でライブをするユニットであると先に決めていると思う これは

そうなりたい という希望のような感覚ではそれが現実化しますから

いつまでたっても「〜なりたいなぁ」が現実になります

そうだと決める

今違っても 決めちゃうだけ

それとあと一つ

レポに書きましたがベッド・インの覚悟は半端ない

これ もしかすると男性には難しい覚悟なのかもしれないですが

公衆の面前で何を見られても そしてどう見られても

それでもステージに立つという覚悟です

物理的な見られるではなくw(ある意味それも含めてですが)

彼女たちを見て 

もしくは噂だけで 

何を言われても

こうゆうところに何を書かれても

誰にどう解釈されても

自分たちの望まない見られ方をしても

それでもステージに立つという覚悟

見られたい希望のイメージで見て欲しいというのは

一種のコントロールです

そんな波動を出していたらお客さんつかないんですけど

本能的に男性の方が支配欲があるのでどうしてもこうなっちゃうんですよね

女性をお客さんにつけるのならある程度支配欲があってもついてくるとは思いますが

同性のファンをつけたら息が長いですから

できるだけ意識を ”こう見られたい(他人から見た自分軸)”ではなく

”これがしたい(自分軸)” という心ベースで物事を選択していくと

結果見られたいように見てもらえるというのが副産品としてついて来ます

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。