15の夜

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我々世代の少年期の応援歌 15の夜/尾崎豊…

(盗んだバイクで走り出すヤツですw)

自分は誰にも理解してもらえないと拗ねたまま

大人達が大事そうに握りしめている世間体とか ルールとか

そうゆうものと戦って 壊してしまえば

いつか あの頃の自分を救ってあげられるような

気がしてたのかもしれません

数年前にふっと “この歳で死ぬ”という感覚に襲われたことがありました

そして今日 その年齢になりました

それが本当の死を意味するのか

身体や心のどこかが死ぬのか

はたまた以前のようにリセットボタンを押して3周目の人生に入るのか(笑)

わかりませんが

間違いなく何かが動く年なんだとは思います

このブログ 最初は-Klangが付いていなくて

私が一人で勝手にやってた作家名っていうか

かっこよく言えばブランド名みたいなもので

イベントの告知とか作品公開に使うつもりで運営してたんですね

でその時同時にバンドにハマり出してたので

ライブレポを交えながら書いてたら

いつしか比重が逆転して100%バンドについて語るブログになってしまった(笑)

でね

ここからは誰の得にもならない私の個人的な話になるんで

全然読まないでいいんだけど

レポを書き綴っていくうちに

ライブを観て得た感動を言葉に変換していくという作業自体に魅了されていきました

そのうち見えなくていい事まで視えはじめw

今となればお前誰だと思うような偉そうなことまで

取り憑かれたように書き倒してしまう

それには理由があって

人が外側の何かに夢中になるのには

2つの要因がある

ひとつはその事柄が本当に好きで もはや使命とでもいえるものである場合

もうひとつは自分自身から目を逸らすための囮にしている場合

是非 前者でありたい  ありたかったけれどもw

いや むしろ前者でありながら

今まで一度も”何かから逃げている”という自覚がなくなったことはなく(笑)

わかっていながら 音楽と 文章を書くことと

に 没頭することで  それを見なくても生きてこれた

一種の 麻薬のようなものでもありました

先日 キズの「0」発売に伴って

『あなたは何故生まれ、何故幸せを求めるのでしょうか』という公開質疑がありました

それを真剣に考えた時に

その答えこそ自分が逃げ続けているラスボスであり

生まれる前に持ってきた課題であったと

文章にしてようやっと明確に認識したのですが

何文字までいけるのか調整しながら送信したら読み返せなかった(笑)

私は本当誰よりも弱い人間なので

それでもまだ課題を脇に置いて麻薬に身を投じようとするんですね

でもあんまりそれをしていると

病気や事故で足止めされるなと

インフルエンザに罹って思いましたw

いつか必ず向き合うことにはなるということも

昔からどこかで知っていたように思います

本当 人生ってうまくできてるよ

完璧で壮大なロールプレイングゲームだ

やらなきゃいけないことがあるからといって

もうライブを見る時間もブログ書く時間もないですというお知らせ記事ではありませんw

今まで通り足繁く通い詰め ここで厚かましく語り続けるのだと思います

しかしそれがそのまま続いていくのか

徐々に興味を失っていくのか

今まで確信を持っていたことが少し わからなくなりました

今まで出逢ってきた音楽 バンドさん達は

少なくても私がここに辿り着くために

必要であったことは間違いなく

その音達は熱いメッセージと共に

15歳のまま走り続けていた私にしっかりと届きました

それが血肉となり 私の思考を動かしたなら

音楽は人を変えることができるよ

See you next gig.

Love everyone.Thank you♡

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